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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6628号 判決 1978年5月25日

原告

森戸松次

被告

塚本一二

主文

一  被告は、原告に対して金一四五万八、一八〇円及びこれに対する昭和四八年一〇月一八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  被告は、原告に対して金五二六万一、一一〇円及びこれに対する昭和四八年一〇月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決

第二主張

(原告)

「請求原因」

一  事故の発生

昭和四八年一〇月一八日午後零時五分頃、東京都文京区後楽二丁目一番先の一時停止のある交差点において、原告が車(相模四四ぬ一五九四、以下「原告車」という)を運転してさしかかり一時停止したところ、被告の運転する車(多摩五せ八一〇以下「被告車」という)に追突された。

二  被告の責任

被告は、被告車を自己のために運行の用に供していたのであるから自賠法三条により本件事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

三  傷害の部位、程度

本件事故により原告は頸椎捻挫、腰部挫傷の傷害を受け次のとおり通院治療をした。

(1) 代々木赤心堂病院

昭和四八年一一月八日ないし昭和五〇年一二月二四日(この間実通院日数二九八日)

昭和五一年一月一日ないし同年六月三〇日(この間実通院日数一ケ月平均一〇日)

(2) 吉用マツサージ

昭和五〇年八月ないし同年一一月(この間実通院日数九日)

(3) 前沢背椎調整療院

昭和五一年四月ないし同年五月(この間通院日数六日)

四  損害

(一) 治療費 四三万九、七一〇円

代々木赤心堂病院関係未払分四一万五、七一〇円(昭和四八年一一月八日ないし同年一二月七日までの一〇万二、一四〇円及び昭和四九年一〇月ないし同年一一月三〇日までの国保差額一万一、七〇〇円は既払なので、その余の国保差額を含む未払分で昭和四八年一二月一八日から同四九年九月三〇日までの分三四万一、四六〇円、昭和四九年一二月一日から同五一年六月三〇日までの国保差額七万四、二五〇円の合計である)

吉田マツサージ分一万八、〇〇〇円、前沢背椎調整療院分六、〇〇〇円

(二) コルセツト代 一万二、三〇〇円

(三) 医療機械購入費

マイクロタイザー一四万七、〇〇〇円、カイネタイザー三万六、〇〇〇円

(四) 休業補償 二一二万六、一〇〇円

原告は中華材料卸売業者で、昭和四八年度の年収は一七三万三、五九一円である。すなわち青色申告控除後の所得申告は一六三万三、五九一円であるが、控除額一〇万円は営業活動に無関係な特典なので加算した。そしてこの年収を日・祭日を除いた三〇四日で割ると一日当り五、七〇〇円となる。

原告は、通院した日は休業したほか、通院しない日も仕事も休んだことがあつたが、一応通院した日のみ休業したとして休業損害を請求することとする。そうすると実通院日数が三七三日なので右金額となる。

(五) 慰藉料 二〇〇万円

(六) 弁護士費用 五〇万円

五  よつて原告は被告に対して損害合計五二六万一、一一〇円及びこれに対する昭和四八年一〇月一八日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。

「因果関係について」

一  原告は本件事故前に第三腰椎圧迫骨折の原因となるような経験をしておらず、かかる陳旧性の骨折があることは治療中に初めて聞いた。もちろん事故前には腰痛等の症状はなく、その点の治療をしたこともない。

従つて仮に事故前に右圧迫骨折があつたとしても自覚症状のないままに何らかの原因で生じ且つ治癒していたものであり、そして事故前にはこれを原因とするような症状もなかつたのである。

そうだとすると事故後生じた原告の腰痛は、事故が契機(引金)となつている蓋然性が大である。従つて本件事故さえなければ生涯腰痛は生じなかつたかもしれないのである。

本件事故がなくとも、事故発生頃腰痛が生じたと考えるより、右のごとく考えるのが経験則に合致することは明らかである。事故により病める部位をかばつて不自然な姿勢をとらざるを得ないこともあり得るからである。

そして完全な健康体の人は少ないのであるから、何らかの欠陥があつても契機がなければ病状として発現しないか悪化しないで済んだものを、予測出来ない欠陥であるから事故と因果関係がないとは言えないことは明らかである。

また原告が治療中就労したのは、原告は妻と二人で中華材料卸売業を営んでいるもので、もし原告において苦痛に敗けて就労しないと閉店するよりなくそうなると生活の糧を失うことになるためである。個人的なつながりを基盤とする商売であり、競走も激しいので余人をもつて代えることは困難で、且つ閉店すればその後開店しても回復不可能である。原告が苦痛に耐えて仕事を続け休業しなかつた理由はこの点にある。よつて就労の点をとらえて因果関係がないとの被告の主張はまつたく理不尽である。

「弁済の抗弁に対する答弁」

否認する。被告が主張する弁済分は、既払分として原告が自認している本訴請求外の治療費に充当されている。

(被告)

「請求原因に対する答弁」

請求原因一、二項は認めるが、同三項中、損害発生の基礎事実は不知、昭和四八年一二月八日から同四九年九月三〇日までの代々木赤心堂病院の治療費が三四万一、四六〇円であることは認めるが、その余の損害額は争う。特に本件事故と原告の訴える病状との間に因果関係がないことは次に述べるとおりである。

「原告の病状及び損害額の主張に対する反論」

一  原告は事故後二年半に亘つて通院治療を受けているのであるが、本件事故は追突とはいえ極めて軽微で、原告車は僅かな損傷しか受けておらず、その修理費も三万四、〇〇〇円にしか過ぎなかつたし、かつ事故約二〇日後になされたレントゲン検査、脳波検査等の他覚的諸検査において原告は正常だつたのであり、到底かくのごとき長期に及ぶ傷害をもたらすようなものではなかつたのである。

原告が右のごとく長期に亘つて治療しているのは、本件事故前からの第三腰椎圧迫骨折に起因する腰椎並びに原告自身の心因と恣意によるものであり、従つてこの治療は本件事故と因果関係のないものである。この長期治療中に原告は就労しており、この点からも治療の必要性、相当性に疑問がある。

原告に事故前から腰椎骨折があることは、病院のカルテ等から明白である。そして本件事故が右に述べたとおり極めて軽微で且つ腰部に打撃を与えるものでなかつたから、本件事故によりこの潜在的な第三腰椎骨折を刺激し、その結果苦痛が顕在化したということもない。

このことは原告の腰痛の愁訴が、事故後三ケ月位経過し、かなりの治療を重ねた後になつて何ら他覚的所見なくして発生しており、しかも事故後九ケ月を経過した病院のカルテに心的訴えが多い旨記載してあることからも明らかである。

そうすると原告の症状が本件事故後生じたものであるとしても、右のごとき事実からすると両者の間に因果関係が存するとの事実上の推定は根底から覆つたことになり、よつて因果関係についての原告の立証はないことになる。

二  右のとおり心因に基づく原告の症状、腰痛については本件事故と因果関係がないのであるから、原告主張の損害額のうち、治療費、コルセツト代、医療機械購入費、休業補償はいずれも本件事故と因果関係がなく、また慰藉料の請求も高額過ぎることになる。さらにコルセツト等の購入は医師の指示によるものではないこと、あるいは通院中原告は休業していないことからすると、コルセツト代等、休業補償の各請求は、請求じたい失当なものである。

「弁済の抗弁」

原告が主張するほかに、被告は四万一、五二〇円の治療費を支払つている。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因一、二項は当事者間に争いがなく、よつて被告は運行供用者として本件事故によつて生じた原告の損害を賠償すべき責任があるところ、原告の病状が本件事故によるものか否かが争いとなつている。

すなわち原本の存在及び成立につき争いのない甲第一、第二号証、成立につき争いのない同第三号証、乙第一号証の三、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第五号証の一ないし九、同第六号証の一ないし六、同本人尋問の結果によれば、原告は本件事故後その主張する頸椎捻挫、腰部挫傷との診断のもとに少なくとも昭和五〇年一二月二四日まで二九八回にわたつて代々木赤心堂病院に通院し、また請求原因三項で主張しているとおりマツサージ等を受けたことが認められるのであるが、一方この間の原告の主たる訴は腰痛であるところ、原告には自覚はなかつたが事故前から第三腰椎圧迫骨折があり、また原告は中華材料卸を営み、ラード、大豆油等一五キロ位ある一斗罐を運ぶ仕事に従事し、腰に負担をかけていたことなど、原告の症状が本件事故以外の事由に起因するのではないかと窺わせる事情も認められる。

二  そこで、さらに本件事故の程度、治療経過等を詳細に検討するに前記乙第一号証の三、成立につき争いのない乙第一号証の一、二、同第二号証、同第三号証の一、二、同第四ないし第六号証、同第七号証の一ないし三(昭和四八年一〇月二六日撮影の原告車の損傷部位の写真)、同第八号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第七号証、同第八、第九号証の一、二、同本人尋問の結果及び被告本人尋問の結果によれば、本件追突事故(昭和四八年一〇月二八日発生)の生じた場所は一時停止の標識のある所で、被告運転の車両は時速五、六キロの低速で原告車の左後部に追突したもので、そのため原告車後部バンパー左側に凹凸が生じた(修理見積三万四、七〇〇円)が、原告において特に身体の異常を訴えることもなかつたので、物損だけということで一旦双方間に示談が成立したこと、しかるにそれから約二週間を経過した頃になつて原告は首筋に異常を覚え、同年一一月八日に代々木赤心堂病院で診察して貰つたところ、頸椎捻挫とのことで、投薬、ハイネツク固定を受けたこと、そしてその旨を被告に連絡したところ、被告においても心配して原告が心電図、脳波の検査を受けていなかつたので、立川市所在の岸中外科病院に原告を同行して診察をして貰つたところ、血圧が一五八~一〇二と高かつたほかは異常はなく、一週間程度の安静を要する頸椎捻挫との診断であつたこと、しかるにその後原告は翌昭和四九年二月初めまで毎日のごとく右代々木赤心堂病院に通院して投薬、マイクロレーダーの照射、索引の治療を受けたのであるが、しばらくすると肩のこり、痛みを訴えるようになり、さらに一二月初め頃からは右大腿の痛みを、翌昭和五〇年一月中頃からは腰痛を訴えるようになつたこと、そしてその後主に腰痛、性欲の減退を訴えて月に一〇日位の割合で同病院に通院し、一回五分程度のマイクロレーダーの照射、ビタミン剤の投与を受けていたが同年七月二六日に至りレントゲン検査の結果前記陳旧性の第三腰椎圧迫骨折のあることが判明し、以来九月初めまでの間硬膜外注射の治療を受けたところ、腰痛は少なくなつたこと、同年七月以降は原告は頸椎捻挫関係の症状の訴えはなくなり腰痛を訴えていたのであるが、この注射によつて痛みが少なくなつてからも腰痛を訴えて通院を重ね、従前どおりマイクロレーダーの照射を受けていたところ、昭和五〇年一二月二四日に至り腰痛、性欲減退を残して症状が固定するに至つたと診断されたが、原告はその後も昭和五一年六月末まで通院を続けたこと、なおこの治療中、医師においても原告の訴がその性格に起因する心因的なものと疑つていること、またこの間原告は前記のとおりマツサージ等を受ける一方マイクロタイザー、カネタイザーの医療器具を購入しているが、いずれも医師の指示によるものではなく、自身の判断によつてなしたものであること、なお原告は、その本人尋問の結果中で、事故の際腰部を強打した旨強調するのであるが、代々木赤心堂病院で当初診断を受けた際、及び岸中外科病院で診断を受けた際にも頸部に衝激があつたことは述べているが、腰部を打つたことは述べていないこと、の各事実が認められる。

三  右認定事実からすると、本件事故は被告主張のごとく極く軽微なものとはいえないにしても、低速度での事故で、事故直後には原告においても身体の異常を訴えておらず、また通院当初にあつても腰部を打つたようなことは述べていなかつたにもかかわらず、原告は事故後三ケ月位から腰痛を訴えるようになり、昭和四九年七月以降は専ら腰痛を訴えて一年半に亘つて通院しているものである。

そうすると原告の当初の頸椎捻挫の症状を訴えての通院はともかく、腰痛を訴えての通院、特に昭和四九年七月以降の通院は異例なものといわざるを得ない。相当期間治療を重ねた後に腰痛が発現していることや、原告の訴えに多分に心因的なものが含まれていることなど、被告主張のとおり事故前からの第三腰椎圧迫骨折が事故により悪化して腰痛が生じたとは直ちに推認し難い点もある。

しかしながら原告は事故前腰椎の圧迫骨折にまつたく気付かないまま日常生活を営んでいたものであり、また腰痛は頸椎捻挫の症状に続いて発現しており、担当医師も症状固定の昭和五〇年一二月二四日までの間事故によつて生じた一連の症状に対して治療を続けていたのであるから、腰痛を事故とまつたく無関係であるとまできめつけることは出来ない。

かかる治療経過に鑑み、症状固定時までの通院治療費はすべて本件事故による損害と認めるが、休業損害、慰藉料についての右のごとき事情を勘案してその額を算定することとする。

四  そうすると本件事故による損害は次のとおりとなる。

(一)  治療費関係 三九万一、九八〇円

昭和四八年一二月一八日から同四九年九月三〇日までの代々木赤心堂病院の未払治療費が三四万一、四六〇円であることは被告において認めるところであり、また原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第四号証の一ないし一三によれば、昭和五〇年一二月までの間原告が負担した代々木赤心堂病院の治療費は五万〇、五二〇円となるので、その合計は右金額となる。

症状固定時以降の治療費は本件事故による損害とは認められず、またマツサージ等の代金、及び医療器具購入費は、腰痛についての前記のごとき事情並びに医師の指示によるものでないことからするとやはり本件事故による損害とみることはできない。

(二)  休業損害 五六万六、二〇〇円

原告が症状固定時までの間二九八日間にわたつて通院したことは前認定のとおりである。原告はその本人尋問の結果中で通院した日は働くことができなかつた旨供述するのであるが、前認定のとおり腰痛を訴えての通院の際は五分程度のマイクロレーダーの照射が主であり、そして原告が自家営業であるからするとこの供述はそのまま採用することはできないところである。

原告が自家営業であること、治療内容並びに前記腰痛についての疑問等を彼此勘案すると、右通院日数の三分の一程度をもつて現実に休業したとみるのが相当と判断する。そして原告本人尋問の結果により原本の存在、成立(但し官公署作成部分の成立については当事者間に争いがない)の認められる甲第一〇号証の一、二によれば、原告は大正一二年生れの事故当時五〇歳で前記のとおり中華材料の卸を営んでおり、昭和四八年における所得申告がその主張する一七三万三、五九一円であつたことが認められる。原告はこれをもとに一日当りの休業損を五、七〇〇円と主張しているところ、同年の原告の年齢の賃金センサスによる平均賃金(産業計で年額二一三万六、六〇〇円)に鑑み相当な額と認められる。

よつて前記通院日数の三分の一を休業し、一日当り五、七〇〇円の収入を喪つたとみて休業損害を算出すると右金額となる。

(三)  慰藉料 五〇万円

原告は現在でも腰痛があり従前のように重い物をかつぐことが出来なくて営業上支障がある旨供述するのであるが、前認定の事故態様、治療経過、腰痛に関する事情等を考慮すると、慰藉料としては右金額をもつて相当とする。

(四)  合計 一四五万八、一八〇円

右(一)、(二)、(三)の合計は右金額となるところ、被告はその内治療費については填補分があると主張する。

しかしその証拠として被告が提出する乙第六号証は、被告が昭和四八年一一月九日に原告の治療費を直接支払つた領収書であるから、原告が負担した治療費とは別であることは明白であり、よつて被告の右主張は認めることはできない。

五  以上の次第で原告の本訴請求は、被告に対して一四五万八、一八〇円及びこれに対する事故当日の昭和四八年一〇月一八日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九一条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

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